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まほろば 奈良教会長コラム

令和二年一月度 ご法話を学んで

2020.1.8

新年あけましておめでとうございます。
皆さまに旧年中は大変お世話になりましたことと共に、元気に新たな年を迎えさせて頂きましたこと重ねて感謝申し上げます。

皆さまにおかれましても、年号も令和として初めての正月を迎え、今年こそ良い年にしようと心機一転これまでの自身を反省し、より良い自分づくりの決意を新たに過ごされているところと存じます。わたくしも昨年来、会長先生より振り返りの大切さと目標を持つことの意味を丁寧にお教えいただいておりましたおかげさまで、年末にまとまった反省を基に今年の菩薩行実践の決意を新たにさせて頂いております。

さて、年頭ご法話『尋常(つね日ごろをたずねる)』において、平和を実現するにはまず、家庭の中で宗教に基づく平和な心、人間性を養うことから、日々の信仰生活が平和に直結していることだとお示しいただきました。更に、教団計画大綱「令和二年次の方針」で私たちは創立100年に向けて「即是道場の精神」をもって修行すること、特に在家仏教徒は家庭、職場、学校、地域社会の自身のおかれたところで、一つひとつ手を抜かず、丁寧に、心を込めて取り組んでいくことで、良い習慣が身につき、自ずと身心が調うのだと教えてくださいました。その具体的な取り組みはというと「菩薩行」であり、「菩薩」とは自分が悟りを得たいのと同時に他の人々をも救いたいという心を起こした人であり、その心をどこにおいても忘れずに精進することが「菩薩行」である、そのような心もちが「即是道場の精神」でもあると受け止めさせて頂きました。この先生のお心を大切にして令和二年次の精進を決定させて頂きます。

そして、佼成一月号のご法話『ほんとうの自分に帰る』でも、年頭月の会長先生のお心として学ばせて頂きます。前段「一年をどうすごすか」で新たな一年を迎えた私たちの前には、まっさらな「時」が広がっているということは、これからの「時」は自分の心もち一つでどのようにもなるのだと思いますと、明るさと共に希望に満ちた誓願をもつことができるチャンスだと受け止めさせて頂きました。更に授学無学人記品に説かれている釈尊の一子である羅睺羅(らごら)の密行についてお教えいただきました。その羅睺羅とは、彼を見守る人々の苦心と、彼じしんの必死の努力によって、密行すなわち教団のさだめを守ることにおいては、もっとも綿密な修行者になられたそうです。ここに示された努力とはどのようなものであったかが、後段の「素直に、謙虚に」の中で、『先輩たちの指導や助言を聞き、謙虚になって、人が見ていないときでもひたすら教えを学び実践しつづけたからだと、私は思います。』とご指導いただきました。それは、年頭ご法話でもありました
「即是道場の精神」と受けとめる次第です。羅睺羅は王子であった身の上に甘んじることなく、法(教え)を継ぐことの人生的意義を摑まれたのちは、身を慎み、つねに「素直であろう」「謙虚であろう」と心してただただ静かに精進を重ねる姿勢が「密行」であり私たちも大切にさせて頂く努力の有り様ではないかと感じます。私たちが日々精進としているこの努力は何のためにするのかというと、本題にある「ほんとうの自分」に帰るため、人が生まれながらに授かっている仏性の有り難さにめざめ、貪(とん)、瞋(じん)、痴(ち)などの煩悩を離れるためであることを忘れずに目標としての人間性を養うことでもある優しく明るく温かい私となるためにお互いさま心新たに一年を皆様と共に精進の道を歩んでまいりたいと思います。皆さま今年一年どうぞよろしくお願い申し上げます。
合掌
立正佼成会
奈良教会長 中村 浩士