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まほろば 奈良教会長コラム

保護中: 令和六年六月度 「佼成」会長先生法話を拝読して

2024.5.31

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保護中: 令和6年5月度「佼成」会長先生法話を拝読して

2024.5.1

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保護中: 令和六年四月度「佼成」会長先生法話を拝読して

2024.4.1

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保護中: 保護中: 令和6年3月度「佼成」会長先生法話を拝読して

2024.3.1

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保護中: 令和6年2月度 ご法話を学んで

2024.2.1

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保護中: 令和6年1月度 ご法話を学んで

2024.1.10

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令和5年12月度 ご法話を学んで

2023.12.1

佼成12月号】

(朗読 MP3)



奈良教会発足50周年の
貴重な一年を皆さんとお迎えし
「感謝・出会い・継承」
を胸に新たな精進へ決定
することができた方々も、
そうでない方もそれぞれ
誰もが精一杯に人生を
歩んでゆくことを願って
いることと存じます。

「その一歩先へ」
という気持ちで新たな年度を
お迎えしたいと願っております。

私自身も、この節目をもって
新たな場所での修行となりました。

45周年から50周年という5年間は
長いようで短くも感じております。

皆さまから頂いたご厚情を糧として
今後の精進を決定いたします。

さて、令和5年最後の月、
佼成12月号
「いつでも元気-病も辛苦も善知識」
に学ばせて頂きたいと存じます。

前項、
【災難に逢う時節には・・・逢うがよく】
12月8日は成道会です。

ここでは釈尊の説かれたご法
にめぐりあえたことが、
いかに有り難い事かを
噛みしめて参りましょう。

人の力ではなすすべのないものだからこそ、
それをあるがままに受けとめることが、
辛苦に押しつぶされることのない
人生を歩めるとお示しくださいました。

その言葉の冷淡さに目が行きがちですが、
真実を伝える厳しさとともにそこに
溢れる慈しみの心を感じることが
できる受け止めかたという双方の間に
見えるサンガらしい信頼関係に
会長先生も仰るような清々しさを感じます。

私たちにもそんな間柄になれるという
希望や明るさを持てたとしたら
幸せなことだと思います。
後項の【ただ「心田を耕す」のみ】
にあるように“善知識”とは、
「人生をどう生きなければならないかという
大問題に眼(まなこ)を開かせてくれる友」
であり
「病はこれ真の善智識なり」
の一言をうけて、災難も病もどちらも
それに遭えば嘆きたくなる事象です。

それも、前項のように受け入れ“善知識”
としてとらえることができれば
同じく辛苦に打ちひしがれるどころか、
前へ進む智慧に目覚めるとありました。

かくいう私も心臓の病によって
人生の切り換えをした体験は、
病のおかげさまで菩薩としての
生き方を目指すきっかけにもなったことから、
その後に多くの出会いも善友(サンガ)
として精進の仲間と今日まで来ることが
できたものと感謝で一杯です。

ここに健康と病は対立するものではない
という見方ですが、
生と死が表裏一体であるように、
健康だから病にもなり、
病も健康であることの有り難さを
かみしめることで、
感謝を忘れていた自分を
気付くチャンスでもあると言えます。
「全力をだしきって行動し、
ぐっすり眠ること」
が健康の秘訣とあります。

自分のなすべきことに精一杯とりくむと、
もちまえの「生のエネルギー」が
はたらくということでしょう。

とお示しくださいました。
若い方は少しぐらい寝なくても
数日は元気だなんて
過ごすこともありますが、
年齢を重ねると寝ることも
大変になるとも言われます。

これも私自身実感しているところです。

しかし、全力で取り組んだ
と思える日は眠りも深く、
たとえ睡眠時間が短くてもスッキリと
一日を過ごせるようです。
皆さんはいかがでしょうか。
最後に、この12月は
発足51周年を新たに迎えるにあたり
準備期間でもり、
身心ともに新鮮な気持ちで
精進をお誓いできるように、
ご著書「心田を耕す」のはじめにの中に、
【仏教の開祖である釈尊にならうこと、
そして、釈尊が私たちに伝えたかった
根本は何であったかを明らかにし、
真理・法に随順して生きることが
真の幸せ・生きがいを見出すことになる
―そのことをみなさまとともに
考えてまいりたいとの思い】
に指標を得て精進の誓願を
させて頂きたいと存じます。合掌

立正佼成会 奈良教会長 中村浩士拝

令和五年 11月度 ご法話を学んで

2023.11.1

【佼成11月号】

(朗読 MP3)



十月十五日にTHE KASHIHARA
(旧橿原ロイヤルホテル)に
おいて奈良教会発足50周年記念式典を
皆さんのご理解とご支援によって
無事挙行することができましたこと
心より御礼申し上げます。

また、この場を借りまして、
御参集下さいましたご来賓の方々をはじめ
ご祝意をもってお越しくださいました
皆様に置かれましてはご多用中にも
関わらずのご礼賛、
重ねて御礼申し上げます。

頂戴しましたご祝辞を拝受し
今後の地域との連帯と自身の仏道精進を
お誓いさせて頂きたいと思います。
さて、令和5年度最後の月、
佼成11月号「愚痴はほどほどに」
に学ばせて頂きたいと存じます。

前項、
【「知」が「病む」と「痴」になる】
から、
今年の夏は暑く長く続き、
つい最近まで半袖でも
可笑しくない状況でしたが、
その際に言っても
どうにもならないことに対して
「暑い、暑い」
と誰に言うでもなくグチグチ呟いていた
自身を思い返すと赤面するばかりです。

ここで、天地自然のありようや
過去のできごとなど
【いっても仕方のないことをいって嘆く】
ことを
「愚痴をこぼす」
というのだそうです。

また、〈痴〉という字についても
(知がやまいだれに囲まれた状態)
という例えもあわせて、
知識ではわかっているけども
正常ではない状態の心境や発言と
受け止めると出発点は見えたようです。

本来、理知的な受け止めが
できる私たちならば、
その原因に向き合い、
自分勝手な欲望や怒りが
暴走しないようにするには・・・
大切にすると良いと仰って下さっている
ところを掴ませて頂きたいものです。

後項、【愚痴を聴かせてもらう】では、
他者と協力したり人を思いやったり、
未来を想像し、
推測できる能力を備えている私たち・・・
それを発揮すればいいと
お示しくださいました。

では、具体的に発揮するとは?

「愚痴の病には縁起観を教える」
という涅槃経から、
日ごろから教えて頂くように、
『自分があらゆるものに
生かされていることを知り、
そのイメージをふくらませてみる。』

それは『感謝の生活』を送ることが
できれば愚痴はおのずから減ってくるそうです。
愚痴↔感謝 ととらえると感謝
に向っての精進を現在させて頂いているかを
再確認してみると良いと思います。

なんのご縁だったかは失念しましたが、
感謝の捉え方も大きく見て二つに
整理したことがあります。

一つは、卑屈な視点から見た
感謝とでも言いますか、
自身を小さく見限ったうえでの受け方と、
謙虚な視点から見た感謝と言いますか、
自身の身の丈にはもったいないと
あるように思います。

言い足すなら、感謝の大きさは変わらずとも、
自分のありようの見積もり違いを
しているというイメージでしょうか。
皆さんは如何でしょうか。
最後の件には、愚痴を一切言っては
ならないとは仰っておられません。

前向きになるための愚痴もあるでしょう。

しかし、いっても仕方が無いことに
捉われるのはやめたいものです。

更に、愚痴を聴かせていただくこともありますが、
そのお相手と共に人生の突破口となる
「智慧の心」
をいっしょにさぐるという
菩薩行にもつながるものと思います。
今月は開祖さま生誕会のご縁と共に、
奈良教会50歳の誕生日を重ねて、
報恩感謝の誠をかみしめ親孝行、
先祖供養、菩薩行実践の決定を期して
新たな一歩を踏み出して参りましょう。

合 掌
立正佼成会 奈良教会長 中村浩士拝

令和5年 10月度 ご法話を学んで

2023.10.1

【佼成10月号】

(朗読 MP3)



秋季彼岸会を有り難く過ごさせて
頂きましたことを感謝いたします。

また、9月12日には橿原神宮を会場に
第20回奈良県宗教者フォーラムを
実施させて頂きました。

元神宮(伊勢神宮)で
森林管理に携われていた
村瀬講師さまの講演に即して、
パネルディスカッションに
登壇させて頂きました。

自然と向き合うことで
人間の生活との距離感や必要性を
学ぶ機会ともなりましたが、
皆さんの日々のご修行の尊さを
少しはお伝え出来たとしたら
有り難いことでした。

それでは佼成10月号
「心も体も傷つける「怒り」」に
学ばせて頂きたいと存じます。

貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・
愚痴(ぐち)の三つは、
心を毒する三毒といわれます。

その中でも「瞋恚=怒りや憎しみ、
恨みの感情」は身心ともに
影響があることは、
様々に示されています。

ですから、怒りとどのように
付き合っていくのかが
重要なポイントといえます。

これまでも抑えることに
一喜一憂していることが
多々ありましたが、
近年、怒りは無くすことより
コントロールする捉え方について
教えて頂くことが
多くなっているようです。

ピークの6秒と付き合うかを
繰り返していくことが、
訓練であり精進とも言えそうです。

後項では「損して
「徳」を得る」にあるように、
怒りの根本は自身の中にある
損得勘定やプライドへのとらわれから
生じるわけですから、
「山澤損(さんたくそん)」
にある山裾を刻む沢のように
深ければ深いほど山容を高く美しく
見せることができることを、
更に自分が身を削って
人の役に立つならば、
結果としてその人の「徳」が
高まるとお教えくださいました。

それを踏まえ、
【負けるが勝ち】という言葉のように、
人に譲る気持ちで損を引き受けるほうが、
心身両面においてよほど健康的で、
つまりは「徳」だということだそうです。
過去、先輩方から相手の立場に立つや
相手を立てるなどの修行指針を
承って参りました。

その究極が
【積極的な負け】
【自ら願って(楽って)頭を下げる】
という常人ではなかなかできないことを、
いとも簡単にさらりとできる私たちに
ならせて頂いていたことに、
感動を覚え更には、
感謝の念に到達させて
頂いたように存じます。

最後に、10月は
開祖さま入寂会の月であります。

開祖さまの「徳」を
身につけさせて頂いた感謝と
菩薩行実践を大誓願として、
10月15日(日)の
奈良教会50周年記念式典に臨ませて
頂きたいと念願しております。

そこでは多くの皆さんに感謝の言葉を
お伝えできる最良の機会と思います。

また、開祖さま、脇祖さまの
お徳にふれる展示は10月末には
次教会へご移動為されます。

この50周年という意義ある年に、
奈良教会に2か月間ではありましたが、
その御身をお迎えさせて頂けましたこと、
更には、開祖さま、脇祖さまが
身近に居て下さった安心感は、
言葉には言い表せない心持ちです。

存分に両祖に触れて頂き、
仏さま、両祖の令法久住の大誓願に
呼応して一人でも多くの方に
この尊い教えをお伝えさせて頂く
決定をさせて頂ければと念願いたします。
合 掌

立正佼成会 奈良教会長 中村浩士拝

 

令和5年 9月度 ご法話を学んで

2023.9.1

【佼成9月号】

(朗読 MP3)



残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ空調のお世話になる
日々が続いていますが
皆さん如何お過ごしでしょうか。

8月15日のご法話は終戦記念日を期して
平和な世界の実現に向けて
一人ひとりがどのように人生を歩むことが
肝要かをお示しくださいました。

その結びに当たって
「感謝の心を分け与えていくこと、
感謝こそが徳と言ってよいのではないか。」
とのお言葉に強く共感をしました。

皆さんは会長先生のお心の
どこに共感なさったでしょうか?

それでは佼成9月号
「欲ばりは煩いのもと」
に学ばせて頂きたいと存じます。

釈尊のお言葉で
「欲望を貪り求めると、
諸々の煩悩が彼に打ち勝ち、
危ない災難が彼を踏みにじる」
から、貪るほどの欲深さが身心に
ダメージを与えるという
表現を示されました。

“彼”を“私”と置き換えると
背筋が冷たくなる思いになります。

金銭や財産に対する過剰な欲、
愛欲へのとらわれなどが
自他のねたみ、怒り、憎しみを生み、
それがもとでトラブルという
災難が降りかかるというお話を
素直に理解しようとしておりますが、
特に自分を大切にするという
今どきの世間知の気風が過ぎると、
自己都合を優先するばかりで
知らず知らずに過剰な
欲や愛欲への捉われる、という
泥沼に踏み込んでしまっていることが
一般的にもあるように感じます。

更に他者との関係が
喜ばしいものでないことは
時として孤独感に苛まれ、
心が晴れやかという身心共に
健康な状態とは正反対の人生は、
出来ることならご免こうむりたいものです。

【必要以上に貪らない
他の動物とは違って・・・】
この一言は尊い“いのち”を
感じることができる人間ではありますが、
反してその罪業の深い人間の
愚かさの一面でもあり、
満腹でも共存せず狩りつくしてしまいたい
人間の動物的衝動を教えるものと存じます。

この衝動を利他の心持ちによって
コントロールして参りたいものです。

後項「足ることを喜べる幸せ」
先の欲をコントロールが出来るなら
問題は無いのでしょうが、
制御がきかなくなるとそれは
「煩悩」となり、
自分の満足を得るために見境がなくなり
人間関係をそこなうなどの
更なる苦しみに苛まれるという状況は、
多くの方々が大なり小なり
体験しているのではないでしょうか。

この自己中心性の生き方から、
日ごろ教えて頂いている
「少欲知足」から、
更に発展して
「喜足(足ることの喜びを
味わいたくて自然に欲が抑えられる)」
心持ちへのお勧め頂きました。

この心持ちは他者からのお諭しにより、
させられている感ではなく、
自ら望んでなれる心持ちでもあります。

このような晴れやかな心境で
日々を送っていけるならば、
なってみたくはありませんか?

最後に、9月は
脇祖さま報恩会の月でもあります。
1日からはご本部からの
『開祖さまの願いにふれる宝物展』
が教会3階にて開催されます。
その先ぶれとして教会内に
両祖のお徳をイメージされた
タペストリーの展示も始まり、
奈良教会発足50周年も佳境を迎え、
12月1日までの残り3か月の期間の中で
『感謝・出会い・継承』
を確固たる信念へ昇華できるよう
皆さまと更なる精進を
お誓いして参りたいと存じます。
合 掌

立正佼成会 奈良教会長 中村浩士拝

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