まほろば 奈良教会長コラム

平成25年10月度実践目標

2013.9.30

「ものごとをありのまま受け容れ、幸せのただなかにいることを味わおう」

思いどおりにならないことがあると、あの人のせいだとか、あれさえなければ、とか考えるものの、気持ちはスッキリせず、悩んだり苦しんだりしませんか。苦しんだり悩んだりしないで、楽しく生きていくために、あなたはどのようにしていますか?

会長先生は次のようにおっしゃっています。

・「ものごとは心にもとづき、心を主(あるじ)とし、心によってつくり出される。もしも汚(よご)れた心で話したり行(おこ)なったりするならば、苦しみはその人に尽き従う」(法句経・ほっくきょう)。他と比べてきれい・汚(きたな)い、善(よ)い・悪い、上・下などと分別し、汚れた心で、自己中心にものごとを見る、釈尊は、それが苦しみを生むといわれるのです。

では、その自己中心のもとにあるもの、苦しみや悩みを生む汚れた心の正体とはなんでしょうか。法華経では、明快に「諸苦の所因は貪欲(とんよく)これ本(もと)なり」と説き、必要以上に欲する心を苦の要因としています。

苦悩は他からもたらされるのではなく、じつは自分の内側から生まれてくるようです。

・足るを知ること、自己中心の欲望を少し抑えることで、苦しみ悩むことがずいぶん減ることになります。

とはいえ、そうとわかっていても、それがなかなか徹底できない人も多いのです。

・「処世のおきて」というゲーテの言葉があります。「気持よい生活を作ろうと思ったら、済んだことをくよくよせぬこと、滅多なことに腹を立てぬこと、いつも現在を楽しむこと、とりわけ、人を憎まぬこと、未来を神にまかせること」。仏教の立場からすると、結びの言葉は「仏にまかせること」となりますが、感謝を忘れず、欲をほどほどに抑えてとらわれやこだわりをもたないことが、身心ともに楽に生きる秘訣といえるでしょう。同時に、楽もまた自分の心がつくることも承知しておきましょう。

・「ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人に尽き従う」(法句経)。これは、ものごとをありのまま受け容れることができれば、たとえ厳しい現実も楽の種になることを教えています。見方一つで、私たちはいつでも幸せのただなかにいることを味わえるのです。

今月は、開祖さまに倣(なら)って、仏さまに護(まも)られている、何事も仏さまのなさること、と信じ、思い通りにならないことを「×」(バツ)と見ないで、まず真っ白で見て、その中に「○」(マル)を見い出していく練習を徹底させていただきましょう。