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まほろば 奈良教会長コラム

平成27年12月度実践目標

2015.12.1

仏のはたらき(久遠実成・真理)を信受し
布施・持戒の布教精進で、
“第二の矢を受けない”を確信する。
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今月の会長法話のテーマは
「第二の矢を受けない」です。
さて、早いもので、十二月を迎えました。
今月は、平成二十八年度の心を
つくらせて頂く大切な月と、
受けとめさせて頂きます。
会長先生は、次のようにご指導くださっています。
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・慈悲に裏打ちされた自然な行為も、見方によっては
  戒律をないがしろにするものと映るのでしょう。
  毎日いろいろなできごとに遇い、
  喜怒哀楽さまざまな感情を抱きます。
  人間としてそれは当たり前のことで、
  そうした感情の一つ一つを釈尊は
 「第一の矢」といいます。
 ただ、私たちは心に抱いた感情のうち、
  自分の好ましいものは「もっと」「ずっと」
  と望み、執着します。
  逆に、、いやなものはさけて嫌い、
  そのときどきに起こる欲や自己中心の見方に
  よって自ら苦を生み、悩みを深めます。
 では、どうすれば苦楽の海に溺れることが
  ないのか~~その答えは、
  最初に抱いた感情にとらわれないこと、
  つまり「第二の矢」を受けないことだ、
  と釈尊はいうのです。
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・個人的な話で恐縮ですが、以前、
  私は膀胱炎を患ったことがあります。
  その痛みは「もう二度とご免こうむる」
  と思わせるもので、少しでも気になると
  すぐに水分をとって炎症が起こらないように
  気をつけています。
 つまり、痛苦に懲りて注意深くなったわけですが、
  苦悩にも同じことがいえそうです。
  自分の感情にとらわれ、ふりまわされる苦しみを
  一度味わうと、そのような「第二の矢」は
  受けないようにしようと
  決意するのではないでしょうか。
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・毎年の健康診断で、同じ項目を何度
  注意されても改善に務めなかった人が、
  たいへん痛い思いをして初めて健康の
  大切さを思い知るという話もあります。
  そうした点から見ても、懲りるというのは
 「第二の矢」を受けないための、
  いわば仏さまからのお諭しであり、
  こころの成長につながるステップと
  いえるかもしれません。
 しかし、できれば精神的にも肉体的にも
  痛い思いはしたくないものです。
  だからこそ、欲望や執着にふりまわされる
  という第二、第三の矢を受けないことが
  肝心なのです。
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・禅の世界に「二念を継がない」
  という言葉があります。
  煩悩がわいても、それを追いかけて
  あれこれ思いをめぐらさない、
  心に浮かんだ思いを妄想でふくらませない
  ということですが、たとえば、
  おいしそうな食べものを見て、
 「食べたいな」と思っても、
  そこで止まるなら、けっして懐は痛まず、
  体に影響しないので苦は生じません。
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・煩悩といい、苦悩といい、
  それらは自ら生みだしているものです。
  ですから、心をうまくコントロールできれば、
  よけいなことで思い煩わなくてすむのです。